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ほんとに雑記帳です。
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「大分県教育委員会の教員採用をめぐる汚職事件で、県教委は29日、実態調査をした結果、今年度教員採用試験で、不正による合格者と不合格者を各21人と特定し、合格者全員の採用を取り消すと発表した。希望者は臨時講師として雇用を継続する。不合格の受験者には本人の意思を確認の上、10月1日以降採用する方針」(8月29日 時事通信)


この事件については、すでに、多くの報道がなされ、ブログなどでも騒がれている。今さらではあるが私も意見を書いておきたい。


この事件の関係者をまずあげてみる。すると、教員採用の汚職だから、1.採用側の大分県教育委員会、2.採用される側の教員、3.児童(とその保護者たち)に分けることができる。
かれらの言い分を聞いていると大分県でこのような不正が起きるのは当然だし、今後もなくなるようには思えないのである。


1.大分県教育委員会(そもそも不正をただす気が全くみられない)


もちろん、上に引用した時事通信の報道にもあるとおり、大分県教育委員会は、「不正合格者の採用を取り消す」と発表はしている。しかし、公務員の世界では、このような原則は事実上の例外である。そして例外の方がが事実上の原則になってしまうのである。


建前である原則の方は、道義上、正当と思われる主張を述べておき、例外を定め、例外を利用して現実には何も変わらないようにするのである。


今回の場合の例外事項は、以下の通りだ。

ただ現場の混乱を最小限にとどめるため、希望があれば臨時講師として雇用する。本来は合格ラインに達していながら不正によって不合格となった21人については、本人が希望すれば10月以降採用する」(8月30日 読売新聞)
 

不正に合格した教員をそのまま採用すれば、その不正合格教員たちが、すくなくとも定年退職しきるまで、教育そのものが不正である状態数十年間も続く。それでも、大分県教育委員会は、一時の現場の混乱がないようにする方が重要だというのだ。


取り消しても、そういう不正合格者が「臨時講師」として教壇に立つならば、一体どのような不正がただされるというのだろうか。しかも、この「臨時」とは、いつまでのことか全くわからない。大分県教育委員会は通常の教員が定年退職まで採用し続けても「臨時」であると主張し続ける可能性がある。


しかも、このような不正で処分される教員は、2008年度採用の教員に限定されることになる。ということは、2007年度に不正に採用された大分合同新聞社事業局の松尾勝則事業局事業部長(52)(現在は処分されて同局参事)の娘もそのまま正当に採用された教員として教壇に立つということになる。


5000円のお歳暮で60点の水増しをしてもらい、合格でき、これで逃げ切ることができたわけだ。娘の推定生涯年収を現価換算し、5000円で割ってみればいい。世界中のファンドからスカウトが来てもおかしくないようなボロ儲けだ。こんな贈賄としか思えないことをやっても、大分合同新聞の参事。大成功の人生だろう。


大分県教育委員会の言い分がすごい。


「県教委の29日の記者会見では、取り消しが08年度分に限られたことに質問が相次いだ。07年度以前の「不正合格者」は見逃されることを指摘されると、小矢文則教育長は「根拠づけるデータがない。どうしようもない」と語気を強めた」(8月30日 朝日新聞)
 
教育委員の一人は慎重論を唱えてきた。「実際の得点がわからなければ、絶対に不正があったという保証がない。人の人生を軽々しく狂わせるわけにはいかない」 (8月30日 朝日新聞)
 

人の人生を軽々しく狂わせるわけにはいかないというのはたしかだが、二つの点でおかしい。まず、不正採用された教員は、元々採用されるはずはなかったのである。取消になっても正常な状態になるだけだ。だが、採用されるはずだった受験者の人生はすでに軽々しくしかも大きく狂わせてしまっているのである。


また、このような不正合格教員に「教育」される子供の人生はスタート初期から狂わされ続けるのである。不正な手段で競争に勝った不正合格教員が子供たちに「競争は悪だ」などと教えるから、自分の能力の低さを社会のせいにして無実の人間を殺傷する秋葉原事件などが起こるのだ。


教員不正採用の被害者は、不正合格教員に教育される子供たちと、その弊害を受ける社会全体なのだ。不正合格教員ではない。


しかも、まずいのは、このような能力不足の教員が存在し続けると、いつかはまじめに入ってきた教員の先輩になる。能力のない教員が先輩面して後輩の教員の指導に当たれば、間違った教育方法が、大分県の教育界に連綿と受け継がれていくことになる。


また、小矢文則教育長は「根拠づけるデータがない。どうしようもない」と完全に開き直っている。たしかに、証拠もなく採用取り消しは無理だろう。しかし、2007年度以前に採用された教員全員を指導力不足教員に認定して再教育するなど方法はあるのだ。


指導力不足教員は、教育公務員特例法の第二十五条の二により最長二年間の指導改善研修を行うことができる。そして、研修を行っても「指導の改善が不十分でなお児童等に対する指導を適切に行うことができないと認める教諭等に対して、免職その他の必要な措置を講ずるものとする。」(同法第二十五条の三)


「どうしようもない」というのは全くの大嘘である。もし、こういう方法を思いつかないのならば、教育長になっている資格などない、即刻、辞任すべきだろう。


それどころか、小矢文則教育長は全くやる気がないのである。それは、以下の報道からも明らかだ。

大分県の教員採用汚職事件を受け、不正合格が確認できた教員21人の採用取り消しを決めた県教委の幹部が、今回の対応をめぐり県教組幹部と「事前交渉」をしていたことが30日、分かった。教組側は「事件は県教委側に責任があり、教員の不利益にならないよう配慮してほしい」と求め、県教委側も理解を示したという。県教委は「現場を混乱させないため」との理由で21人を臨時講師として雇用継続を認める方針だが、教組への配慮もうかがえる。

 関係者によると、小矢文則・教育長ら県教委幹部3人は、県教組側の要望を受け今月8日夜、別府市の宿泊施設で会合を開いた。教組側は森政文委員長以下の幹部約20人が出席した。

 教組側は「不利益にならないような配慮」などを要望。小矢教育長は「採用取り消し後のケアは考えている。(採用取り消しは)ケアなしではやらない」などと応じたという。」(8月30日 西日本新聞)
 

たしかに県教組側の言うとおり、「事件は県教委側に責任がある」は正当であろう。しかし、不正な教員まで保護するというのはおかしな話だ。だいたい、なぜ、任命権者側が、県教組にお伺いを立てねばならないのだろうか。


県教組との事前交渉があったこと自体が、不正だが、「採用取り消し後のケアは考えている。(採用取り消しは)ケアなしではやらない」と小矢文則教育長と言っている。ケアなしで採用取り消しがないというのは、現状を正す気がない証拠である。


2.大分県教員


上の西日本新聞の報道の中で、大分県教員組合は、「事件は県教委側に責任がある」と主張しているが、教育委員会には、大分県教委義務教育課参事だった矢野哲郎もいたのだ。


矢野哲郎は、教育委員会の人間とはいっても、もとは、大分県佐伯市の離島にある小中学校の校長であったというのだ。つまり、教員側の人間であり、教員側も責任重大なのである。ちなみに、妻の矢野かおるは、小学校の教頭であり、やはり懲戒免職になった、きわめて凶悪な人間である。


この件で、教組側が異常なのは、「正当に採用された教員もいるのに、不正採用のため全員が疑われて迷惑」と主張するならともかく、不正採用の教員まで一緒くたにして守ろうとしている点だ。


それどころではない。

「県教組の森委員長は、県教委との会合について「組合員の権利を守るため当然のことをした」と話している。」(8月30日 西日本新聞)


もはや、教員ぐるみで善悪の判断がつかない状態になっているといっていいだろう。

「ある小学校長は「大切なのは子どもに混乱を与えないこと。採用取り消し者が出ても、今まで通りの学校経営を続けることが必要だ」と語った」(8月30日 西日本新聞)
 

「今まで通りの学校経営」とは、採用取り消し者を臨時講師として「教育」にあたらせるということだ。教員にとって大切なことは、不正を見過ごしてでも、現状に変化をもたらさないことなのだ。完全に「教員村」ができあがってしまっている。


3.児童(というより保護者等)


私には、保護者ら大分県民は、子供たちによい教育を受けさせたいとか、せめてまともな教育を受けさせたいという気持ちがないとしか思えない。

「大分市内の小学生の父親は、教員のこれまでの実績や子供への影響を考えて、取り消しを年度末まで待つなど配慮してほしいという。」(8月30日 産経新聞)
 
「今春採用の3人が勤める佐伯市の小学校に孫が通う女性(61)は「(来週から)2学期も始まるのに、該当者がいたら子どもにどう説明するのかしら」と戸惑う。」(8月30日 朝日新聞)
 

こういうコメントをする父親は本当に子供のことを考えているのだろうかと疑いたくなる。採用取り消しになるのは、2008年度採用の教員だけで、「これまでの実績」というのは、たった3ヶ月あまり(1学期)だ。たったこれだけの期間で実績といえるものをあげられる教員などが存在するにしても、なぜそんな人間が、たかがペーパーテストごときで結果を出せないのだろうか。


世間には、たかが、ペーパーテストの結果で合否を決めるのはおかしいという人もいる。


私も、ペーパーテストができるから、実際に業績をあげられるという関係にはならないと思う。しかし、現実の社会に存在する問題を解決するのは、ペーパーテストの問題を解決するのよりももっと難しい。


簡単なペーパーテストの問題ごときも解決できない人間が、なぜ、難しい現実に存在する問題は解決できるのだろうか。より難しい、現実に存在する問題を解決できて、簡単なペーパーテストの問題を解決できないという方がおかしいのだ。


また、百歩譲って、そういうことがあるとしても、「私は、ペーパーテストはできませんが、もっと難しい現実には対処できます」と主張するのは、他人に信頼してもらう(採用してもらう)態度ではない。


不正合格教員にまともな教育などできるはずもない。本当に「子供たちへの影響」を考えるならば即刻やめさせろと主張すべきなのに、年度末まで待てというのは、それまでに、どんどん子供の人格に悪影響を与えることがわかっていないのだろう。


いま一人の祖母のコメントは、全くあきれかえる。不正合格教員を取り除いて、孫に正しい教育を受けさせることよりも、不正合格教員の処分を子供(孫)にどう説明するかに重点が移っている。説明の困難さのために不正合格教員に子供を不正に教育させたいのか?


それだけではない。

「一方、贈賄罪で起訴された元小学校長、浅利幾美被告(52)の長男は不正に合格したとされ20日、今春から勤務していた大分市内の小学校に辞職願を提出し、取り消しを待たずに学校を去った。後任の臨時講師が既に決まっているが、保護者からは「担任が突然いなくなり、一番の被害者は子供たちだ」などの声が相次いだという。」(8月31日 毎日新聞 西部朝刊)
 
この保護者たちは、何を考えているのか?一番の被害者が子供たちであることは間違いない。不正合格を取り消された教員たちではない。そこは間違えてはいない。


しかし、この保護者たちは「担任が突然にいなくなる」から、子供たちが「一番の被害者だ」と言っているのである。つまり不正合格だろうが今の教員に担任を続けさせろと言っているのである。不正合格したうえ、低能な教員に担任され続けることこそ被害だと認識できていない。これはとても恐ろしいことだ。


これでは、大分県でまともな教員採用や教育ができないのは当然だろう。教育委員会、教員、保護者がみんなそろって不正だろうとなんだろうと現状を変えないことを望んでいるのだ。


皆さん、大分県に住むのはやめましょう。


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